言の葉と道具

「Chromebook」や巷にあふれる「文章」に関することを書いていきます

【言葉】【本】「いい鰻は、良質なバターを鍋に落としたときの香り」といわれりゃ食欲が

おいしい言葉に出会えば、腹がへる。はらぺこへと至る、魅惑の文章が沢山つまっていることは、食べ物のエッセイを読む楽しみの一つでしょう。

そして鰻といえば蒲焼。鰻について、作家丸谷才一は「東京ならまづ鰻。鮨よりも天ぷらよりも鰻だらう」と「食通知ったかぶり」にそう書いています。

タイトルの言葉をいった人も東京のお店の方。平松洋子「日本のすごい味 おいしさは進化する」より、東京・麻布飯倉「五代目 野田岩」の人、金本兼次郎さんです。


日本のすごい味 おいしさは進化する

日本のすごい味 おいしさは進化する


表紙からも鰻の香りが漂ってきそうですね。
この本は、季刊誌「考える人」に連載されたものから加筆・改稿されて出版された、東京から北海道地方までの食にまつわるエッセイが15本のっています。例えば、

・ステーキを噛みしめると、歯と歯の間からじんじん味が湧いてきて、生命力を授かっている実感が充ちてくる
日本短角種 かづの牛 秋田県鹿角市秋田県畜産農協鹿角支所」)


・薄いブルーの掛け紙を取ってふたを開けると、ぎっしり整列するウニ(駅弁 岩手県久慈市宮古市三陸鉄道」)

どうでしょう、ステーキも、ウニの駅弁も、食べにいきたくなりませんか。

そしてもちろん鰻も食べに行きたい。ところで、冒頭で引用した丸谷才一が鰻を食べるべく行ったお店も、平松洋子が訪れた場所と同じ「野田岩」でした。丸谷は野田岩で食した蒲焼について、こう書きます。

さて、この蒲焼だが、まことにおだやかな円満な味で、間然するところがない。わたしはまづ温柔といふ言葉を思ひ出し、次いで、それだけではこの蒲焼の、とろりと舌をとろけさす高度に官能的な趣、芥川さんの台詞を借りて言へば「上塩梅」を形容するに足りないなと思ひ直してゐるうちに、探せばやはりあるものですね、つひに、嬌 柔といふぴつたりの言葉が心に浮んだ。
(食通知ったかぶり、丸谷才一)


伝統に根差した味は、鰻を取りまく環境が大きくかわるほどの時を経ても、やはり多くの人をひきつける。そして私達はこれを読んで見て楽しむことができる。なんて幸せなことでしょうか。もっとも、一度は行って食べてみたい、なんて思いますけども。